ひきこもりそーり

プロこもらー猿。20年ものひきこもりから抜け出したのに勤めた会社はブラックでした。パワハラで再びひきこもりに。社会を変えようと市議選に立候補。ひきこもり新聞、ひきポスに記事を寄稿。

夏祭りから自治会とは何ぞやと考えた

夏祭りが終わってその後片付け。体がきつくてさぼろうとおもったけど、Aちゃん(選挙カーのドライバーしてくれた人)から目覚ましコールがかかってきたのでぼーっとした頭で片付けの手伝いをした。

これも段取りがよくわからないのと体があまり動かないのでしんどかった。作業が終わっても帰るころ合いを読む空気が読めない。勝手に帰ったらあとで何を言われるのかと思っちゃったり。他の人の動向を見ながらという高度なテクニックが必要だった。

 

帰宅後、横になってうとうとしていたら、またAちゃんから電話。慰労会があったんだ。近くの公民館でみんなで食事。僕は遅れてきたからみんな既に食べていて酔っ払っていた。こういう場に来たときのふるまいもよくわからない。

働いていたとき、目標達成式というのがあったけどあれは迷惑だった。嬉々として参加する人の気持ちがわからない。肉がそんなに食べたいのか。前世は肉食獣か。僕は緊張して下痢になるからつらい。あと、場慣れしていないのと大勢の人で神経を使ってしまう。

 

こういうのをできるだけ回避して心身の回復を図らないと働き続けられないのだけど、それを理解してもらえない。中にはいつも参加しない人もいるのだけれどきまって陰口を叩かれる。「協調性がないやつだ」と。僕はそう言う人を「主体性がないやつだ」と思うのだけれど。

僕も後者だからそういう会に参加して心身を疲弊させてしまう。陰口よりはマシだと思ってしまう。マイナス100よりマイナス50を選ぶ。遅かれ早かれ、心がつぶれるのにね。

 

自治会に活動していて自分に合っていると思ったのは、お年寄りにパソコンを教えたりすること。とても大切にしてもらっていると感じる。みなさん、のんびりしているからこちらもリラックスできる。

仕事が10分で終わったのにそのあとのおしゃべりが2時間続くのはちょっと疲れるけど、シリアスな話ではないし、面白いことも聞けることがある。Aちゃんにも僕の「電脳部隊」は稼ぎ頭だと誉められた。

 

個々で活動することはそれほど問題は感じないのだけれど、夏祭りなど多くの人が参加するのはやはり苦手だ。複数の人の考えをくみ取って先回りして同時に処理するというのは僕から見ると神業に見える。

不思議なのは、自治会に参加している人の動機だ。村社会的なものが残る地域ならそれが義務とほぼ同義だと思う。でも、僕が住んでいるところは東京のベッドタウンのようなところでそれを避けられると思うんだけど。

もちろん、自治会の加入率は低下しているようだけど意外と若い世代も参加している。加入した動機が知りたい。

 

夏祭りを見て思ったのはマイルドヤンキーとは相性がいいだろうとは思った。これはどういうことなんだろうかと放送ブースにいながら考え込んでいた。ヤンキーは絆が好きだから? 

自治会に全く興味がなかったときは、同調圧力など前時代的な雰囲気を感じていた。その一方で地域の問題解決の役割を担い、市民主体で行政の肥大化を防ぐと考えると近代的な気もする。その二つを感じてしまって自分の中でうまく消化できないでいる。

 

夏祭りや慰労会などアルコールが入る場、そして人が大勢集まる場になるととたんに体が強ばってしまう。その場のふるまいに慣れていないからなのだろうか。二礼二拍一礼のように一種の信仰的なものとして受け入れたほうがいいのだろうか。

そうすれば、よけいな感情を抱かずにすむし、パターン化すれば慣れるかもしれない。合理性や理由を求めるから混乱するわけで。もっともそこが自治会加入率が低くなっている原因のような気もする。

 

自治会のために動く人の気持ちとかメカニズムが知りたい。他国のことはわからないけれど日本の場合は宗教の代わりの受け皿としてあるのかなあとちょっと思った。思っただけで何の根拠もない。

余談だけど、相対的に自営業の人が自治会活動に熱心だと思うのだけれど、そのおかげで今まで知らなかったような仕事の話を聞ける。これが一番の収穫のような気がする。