ひきこもりそーり

プロこもらー猿。20年ものひきこもりから抜け出したのに勤めた会社はブラックでした。パワハラで再びひきこもりに。社会を変えようと市議選に立候補。ひきこもり新聞、ひきポスに記事を寄稿。

選挙に出ると宗教関係の人が寄ってくる

選挙のあとずっと体調を崩していた。選挙活動は疲れても休めば回復する。一番厄介なのは選挙って良くも悪くもいろいろ人が寄ってくる。これはね、考えつかなかった。

 

宗教関係の人たちにいろいろ迫られたのは大変だった。何とかを毎日唱えたら自分の病気も良くなったとか言ってくるんだよ。「はあ……。そういや、昔般若心経をちょっとかじったことありますね」と言ったら、「あんなのダメよっ!」とチョー怒られた。こええ。

遠回しに断るのもダメなのではっきり言った。「興味がありません」と。そうしたら、勧誘の声はかからなくなった。ああいう人は断られることには慣れているんだろうな。

信者数が多ければその宗教の信者から勧誘されることが多いし、また信者の徳というか人格もばらつきがあるとは思う。だから、ある宗教の信者から強引な勧誘されたからその宗教はカルトと断定するのも良くないとは思う。

 

自分の親戚にカトリックを信仰している人がいるけど、普通に旅行先で神社仏閣モスクに行く。実は、その方たちと縁があって母が死んだ直後にカトリック教会を紹介されて通っていたことがあった。

だってさ、神社やお寺に行っても神主さんやお坊さんいないんだもん。死とは何かということについて向き合いたいのに話せない。カトリックは穴場だった。信者数のわりに神父さんの数が多い。


そこの神父さん(日本人)が面白くて、聖書勉強会に毎週夜の水曜日に出ていた。教会あるある話とか。アル中の神父はよくいるよとか修道院のダークな部分とか。
バチカンに言わせると日本には三つの派がある。保守派、改革派、埼玉教区だって。バチカンが埼玉に注目してんのかよ。

 

こんな質問をしたことがある。

「カトリックもそうですけど、一神教の信者の方は神の目を気にすると聞きました。日本では、世間の目を気にします。日本人のカトリック信者だとどちらの目をより気にしましたか? あと、二つの目を気にしなきゃいけないのはしんどくないですか」

 

サラリーマンを定年退職した信者さんによると、「やっぱり、神の目より世間の目を気にするかなあ(笑)」とのこと。神と世間の両方の目を気にしなきゃいけないというくだりはみんな笑っていた。

そこのカトリック教会に障害者就労支援センターのパンフレットが置いてあったんだ。福祉法人の元理事長が敬虔なクリスチャンだったから。不思議な縁。それがきっかけで就労支援を受けることができた。