わりと人生が詰んだひきこもりの備忘録

さとう学。20年ものひきこもりから抜け出したのに勤めた会社はブラックでした。パワハラで再びひきこもりに。社会を変えようと市議選に立候補。ひきこもり新聞、ひきポスに記事を寄稿。

お世話になった保健師さんと15年ぶりの再会

保健所での公開講座があった。そのおかげでようやくお世話になった保健師さんと再開した。

 

「こんにちは。やっと会えたね」と保健師さん。
「10年、ぶりですかね」
「いや、そんなんじゃきかないわよ。15年ぶり」
「えー、そんなに経つのか……」

 

ガチでひきこもっていたとき、親の反対を押し切って保健所に相談したことがあった。そのときの僕の担当が彼女だった。僕を医療につなげてくれ、ひきこもりの当事者会も立ち上げてくれた。

 

そして、埼玉県内の保健所やそれ以外の機関を異動して再びこの保健所に戻ってきた。今では、何とか部長という肩書きらしい。

 

「それにしても全然変わってないわね」保健師さんは驚いた声で言う。
「ほら、よくニートやひきこもりって若いというか幼いというじゃないですか。それなんじゃないですかね」

 

社会に揉まれていないせいなのか、外見が若いひきこもりは多いと思う。でも、それは独特な若さである。たまに赤ん坊が老人に見えたり、逆に老人が赤ん坊に見えたりするけどそれに近いのかもしれない。歳を取っているのに若いのだ。

 

「そうじゃなくて……。たぶん紫外線に当たってないからじゃないかしら?」
「あっ、それですね」僕は納得した。ひきこもりのほとんどは波紋使いではないし、これが妥当な線だと思う。

 

「それにしてもお母さん、早かったわね」
「ああ、そうですね……」

母は女性の平均寿命からすれば早死にかもしれない。もっとも、そのおかげで解放された部分も大きかった。危機的なことはチャンスでもある。

 

ひきこもり公開講座の前半は、埼玉県立大学の東宏行先生の講演だった。公開講座が終わったあと、少しお話をさせてもらったが放送大学大学院でも教えているらしい。臨床心理ではなく発達のほうを担当しているという。大学院に行くつもりなのでアピールしておいた。

 

当事者の体験発表は時間が短かったから楽勝かと思ったけれど、思いのほか疲れた。保健所側が最後のほうでひきこもり新聞の紹介をしてくれ、僕のほうに話をふってくれた。

 

「いや~、調子に乗って入間市の選挙に出ちゃいました。ひきこもり支援を公約に掲げて。ひきこもり新聞の最新号では僕がそのことを記事にしました」と少しだけど宣伝ができた。

 

講座終了後、講演を聴いていた方の何人かに声をかけられた。選挙のときに票を入れてくれたらしい。東先生にもつぎ当選しなよと言われた。