わりと人生が詰んだひきこもりの備忘録

さとう学。20年ものひきこもりから抜け出したのに勤めた会社はブラックでした。パワハラで再びひきこもりに。社会を変えようと市議選に立候補。ひきこもり新聞、ひきポスに記事を寄稿。

特殊学級という"アパルトヘイト”を望む自分

この前、ひきこもり当事者らで立ち上げたNPO法人「Node」のイベントでひきこもりと就労のことを取り上げていた。IT企業とラブホテルの経営者が二人、もう一人は建築会社の代表として一人来ていた。録音不可なので記憶の許すかぎりここに記す。

ひきこもりの就労なんだけどまず1つ疑問がある。これは障害者枠なのかそうじゃないのか。それによって変わってくると思う。いかに売り手市場だからといって障害者枠でない人を好んで雇う余裕があるのか。

自分が経営者ならそんなリスキーなことしない。もしやるとしたら会社の知名度を上げるためにするだろう。別にそれは悪いこととは思わない。環境に配慮したりそういうことも今の企業に求められているから。それを1つのウリにするのもありだと思う。

 

企業側の三人ともひきこもり当事者たちの良いところはどこかという問いに対して、「真面目だ」と答えていた。難点としては、体調に波があるとのこと。上手く行かなかった例として、無断欠勤を続けてクビにした例を挙げていた。研修中によく居眠りをする例もあった。

無断欠勤を続けてクビは当然という気もするが「休みます」と電話するのが怖いのはわかる。オレも経験がある。そのハードルを下げるためにたとえばメールやLINEで連絡することで無断欠勤の確率を下げる方法が考えられる。そういうことをやらないのか聞きたかった。

ラブホテルなどのシフト制の仕事で無断欠勤されるときついのはわかる。だけど、オレの知るかぎりでは、精神障害者の雇用をしている会社の人たちは戦力というよりいたら助かる的な感じで雇っているような気がする。だから、障害者雇用なのかどうかにも寄ると思う。

 

あと身もふたもない話になるけど、ひきこもりにしても障害者にしても訓練して面倒をみながら働かせるのはコストがかかる。だったら、お金を直接渡して働かせなくてもいいという人がいる。そのほうが安上がりだから。ホリエモンはこういう考え。オレもどちらかというとそうだった。

だけど、湯浅誠さんの話を聞いて悩んでしまった。彼のお兄さんは重度の身体障害者。障害年金をもらいながら福祉法人で働いている。もし、お金を渡すので働かなくていいとなるとそのお兄さんのケアをお母さん(あるいはお父さん)が見ることになる。今までお母さんがやってきた社会的な活動ができなくなる。そのお母さんを支えるためにお父さんや湯浅さんの活動も制限される。

お金をやるからあっちに行ってろというのはいっけん安上がりに見えるんだけど、人をピンセットでつまみ上げて向こうにやれば解決するわけじゃない。その人を取り巻く周囲の人の行動に大きな影響が出る。今の社会的包摂という流れにも反している。

 

もっとも、オレみたいに特殊学級にいたときのほうが幸せな人間もいる。よく障害者の親が子どもを普通学級に入れさせようとして騒ぎになることがあるけど、オレは逆なんだ。特殊学級が好き。めちゃくちゃ楽なんだもん。だって、スクール・カーストみたいなバカげた政治力学に巻き込まれないで自分の好きなことができるから。

学校の勉強なんて進研ゼミと公文やっていればトップレベルの学力になると思う。あとは自分の興味のあることに専念すればいい。学校は社交性を身につける場でもあるという反論に対しては、そういうエヴィデンスがあるのか教えてほしい。

アメリカのホームスクーリングでそういう調査があったが、社交性に問題なしという結果だったはず。ただし、アメリカは教会などの活動があるからそこで社交性を身につけている可能性もある。それならば、オレも教会に行く。

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だから、自分は特殊学級のような「アパルトヘイト」を歓迎していた。教師が普通学級に入れさせようとしたからまた不登校になったんだけど。よけいなことをしやがるよ。勉強できないふりをすればよかった。

オレ自身でいうと社会的包摂よりもこういうアパルトヘイトを自ら望んだりする。お金をくれるんだったらそれで思いついたことをやりたい。世の中の流れとしては社会的包摂で排除をしないようにということなんだろうけど。

お金をくれるんだったらあなたたちとは離れて暮らしてもいいですよという人に対し、社会的包摂を目指す人たちはどう答えるんだろうか。とても気になる。