自爆営業ひきこもり

プロこもらー猿。20年ものひきこもりから抜け出したのに勤めた会社はブラックでした。パワハラで再びひきこもりに。社会を変えようと市議選に立候補。ひきこもり新聞、ひきポスに記事を寄稿。

「営利と倫理:スミスとヴェーバー」-ピケティのr(資本収益率)>g(経済成長率)

「営利と倫理:スミスとヴェーバー」の面接授業を受けた(2016年11月20日と27日の日記)。

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アリストテレス(B.C.384~322)によると、交易(人間同士であいだの仕事)は不自然である。立派な人はそういうことはしない。ということは、立派でない人は交易をすればということになる。

 

アリストテレスが相手にしているのは、「市民」。妻、子、奴隷の支配権をもつ。だが、何かあったときは槍を持って闘う。

 

旧約聖書(申命記.23,20-21)によると、外国人にはお金を貸して利子を取ってもいいが、同胞にはダメだと書いてある。これから、シェークスピアの「ヴェニスの証人」の話につながるわけですが、この話は大雑把なことしか知らない……。

 

ダニエル・デフォー(1660-1731)「ロビンソン漂流記」、「イギリス経済の構図」の著者。

 

当時、フランスが低賃金で労働者を雇って安い商品を作り、それをイギリスに売りつけていた。イギリス政府はそれに対抗してフランス製品に関税をかけようとしたが、デフォーは自由貿易でいいと主張する。

 

デフォーによると、労働者の賃金をあげていき国民の生活水準が高くなると労働生産性も高くなるという。Decency(ちょっとした贅沢品)のようなニッチなものを作っていくとそのために使われた技術が蓄積され、全体の生産性がやがて高まるという。

 

ベンジャミン・フランクリン(1706-1790)「フランクリン自伝」

 

タイム・イズ・マネーの人。日めくりカレンダーを作った人。100ドル札の人。13徳(節制、沈黙、規律、決断、節約など)の人。禁欲的に、勤勉に働くことを勧めている。

 

マックス・ウェーバー(1864-1920)「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」

 

これがあまりにすごすぎてまとめると長いので後回し。昔、小室直樹の本でこの内容を知ったときは衝撃的だった。

 

つぎは、トマ・ピケティを授業で取り上げるらしい。

 

先生がピケティの「21世紀の資本」に少しふれていたが、なぜこの本(六千円近くもする!)が日本で13万部も売れたのかを推測していた。

 

今までは「貧乏人の大変さ」を描いた本ばかり出版されていたが、ピケティの本の特徴は「金持ちが如何にえげつないか」を描いた点にある。それが富裕層の関心を生んで売れたのではないかと。

 

ピケティが指摘した、いわゆる r>g とは何か。

 

r(資本収益率)>g(経済成長率) ということなんですがこれだとよくわからない。

 

要するに、お金を持っている人はその資本を元にどんどん富を増殖していくのに対し、労働者はいくら働いたところでその成長率には追いつけないという話だと僕は理解しました。

 

クズネッツというノーベル経済学賞を取った経済学者がいるのですが、彼は「初め、格差は広がるがやがて縮小する」とクズネッツ曲線というものを用いて主張しました。

 

ところが、ピケティはそのクズネッツ曲線を使って格差はやがて縮小するということは間違っている(正確には特殊な例)と証明してしまうのです。

 

高額所得者や大企業が富を生み出せばやがて低所得者層も富が増え、社会全体がハッピーになるわけではないということがわかってしまったのです。

 

なぜ、そんなことが起きたかというとクズネッツはある短期間を分析したのに対してピケティの分析した期間はそれより長かったのでそういう結論になってしまった。

 

クズネッツの分析した期間には何が起きたのか。実は、第一次世界大戦と第二次世界大戦があったのです(ここから赤木智弘の「31歳フリーター。希望は戦争」という論文とトランプ大統領の誕生のことが頭に浮かんでしまったのですが別の機会に)。

 

1940年代に実は米英は戦争のために最大で80~90%近い累進課税をかけたのです。


そのとき、r(資本収益率)<g(経済成長率) ということが起きました。格差の小さい社会が実現したのです。

 

ピケティは、人為的にr(資本収益率)<g(経済成長率)ということができるのではないかと主張します。世界的に累進資本課税制度を設けたらどうだろうかと。

 

もちろん、そんなものは現実的ではないと言う人が多く、ピケティもそれを認めています。

 

アダム・スミスが想定していた経済の主体は自然人でした。営利だけでなく倫理も期待できた。

 

しかし、今の経済の主体は法人です。法人に倫理は期待できない。だからこそ、一定のルールを課すべきではないかというのがピケティの主張ではないか(と僕は理解したのですが自信ないです)。

 

今後、またピケティにふれる機会があると思うので徐々に勉強していきたいと思います。